横谷幸重
人物
横谷氏は上野国横谷村(現・東吾妻町松谷)に由来し、同地にある雁ケ沢城を拠点に活動する忍者であった[1]。
横谷幸重(横谷左近)は真田氏の側近で岩櫃城を巡る攻防で活躍したという[1]。関ヶ原の戦い前には真田昌幸のいわゆる犬伏の別れから上田城まで帰路の導者となり、その際の昌幸からの感状(感謝状)が現存している[2]。旧岩島村の「岩島村史」によると関ヶ原の戦いや大坂の陣にも加わった[1]。
出典
- 忍者観光の名所に 猿飛佐助の“モデル” 横谷左近屋敷を整備 東吾妻 - 上毛新聞 2022年2月17日
- 広報くどやま 2021年6月号 p.5 - 和歌山県九度山町
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