橋本シャーン
経歴
1973年に新劇俳優から画家、イラストレーターに転向。その後、1979年から1989年までサンフランシスコに滞在。黒人の絵を描く。
1985年、作家の森瑤子との出会いがきっかけで黒人の絵から大人の女性を描いた絵に画風が一変する。1992年には日本橋にある髙島屋で「橋本シャーン・アート展」を開催。その後、池袋にある西武百貨店と銀座プランタンでも開催された。
1993年の森瑤子の没後、淡彩スケッチで新境地を開く。旅のスケッチとエッセイの仕事を中心に、高島屋、朝日新聞、紀伊国屋書店、他、挿絵、ポスター、装画などの仕事多数。エッセイの仕事も多く、週刊読売、サンデー毎日、旅行誌などに連載する。
個展は、東京日本橋・高島屋、銀座プランタン、池袋・西武、川崎BEビル、代官山・ヒルサイドテラス、広島・福屋、ギャラリー新宿高野、徳島そごう、など。1998年に「橋本シャーンのスケッチ教室」開設。
脚注
- “橋本シャーンさん死去 76歳・徳島県美波町出身|徳島の話題,文化・芸能”. 徳島新聞. (2019年8月23日) 2019年8月23日閲覧。
- “大谷焼とイラスト共演 徳島市でコラボ展”. 徳島新聞 (2010年6月5日). 2010年6月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年4月26日閲覧。
関連項目
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.