水道山記念館
概要
桐生市では、1922年(大正11年)より水道敷設の調査が開始され、1927年(昭和2年)に渡良瀬川左岸一帯を水源地とすることに決定した。水道山(小曾根山・金毘羅山)に高区・低区配水池が新設され、高区からは山手方面に、低区から平地の市街地に通水することとし[1]、1932年(昭和7年)4月には給水開始されるに至った[2]。
水道山記念館は、桐生市水道課(現在の桐生市水道局)の配水事務所として1932年(昭和7年)に建設された[3]。木造平屋建、外壁はスクラッチタイル貼り、屋根は瓦葺である。水道山(小曾根山)の中腹にあり、高区配水池に隣接している。
1985年(昭和60年)から1986年(昭和61年)にかけて改修工事が行われ「水道山記念館」と改称し、展示室・会議室として利用されている[3]。旧配水事務所は1997年(平成9年)に、高区・低区配水池、高区・低区量水室とともに国の登録有形文化財となった[4]。
脚注
- 『ふるさと桐生のあゆみ』189頁 上水道の給水開始
- 『桐生の歴史』136頁 近現代の桐生 明治から現在までの文化事情
- 桐生市 施設案内 水道山記念館 2016年(平成28年)1月27日更新、2017年(平成29年)7月1日閲覧。
- 桐生市 国登録文化財 水道山記念館(旧配水事務所) 2016年(平成28年)9月6日更新、2017年(平成29年)7月1日閲覧。
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