永源寺 (中央市)

永源寺(えいげんじ)は、山梨県中央市下河東にある曹洞宗寺院山号は豊田山。本尊釈迦如来甲斐百八霊場第50番札所。

永源寺

永源寺本堂
所在地 山梨県中央市下河東880
位置 北緯35度36分2.1秒 東経138度32分24.7秒
山号 豊田山
宗派 曹洞宗
本尊 釈迦如来
創建年 奈良時代または平安時代
開基 加藤梵玄
札所等 甲斐百八霊場第50番札所
甲斐八十八ヶ所霊場第86番札所
甲斐国三十三観音霊場第2番札所
文化財 木造聖観音立像(重要文化財)
法人番号 7090005000955
永源寺の位置(山梨県内)
永源寺
永源寺
永源寺 (山梨県)

歴史

奈良時代または平安時代開山された。当寺に所蔵されている位牌によれば、開基は「天徳元年(957年)没の河東(加藤)梵玄」ということになっているが、梵玄は室町時代の人物であり、開山年代とは大幅なズレが生じている[1][2]

当初は華厳宗の寺院であったが、後に真言宗に、慶長年間(1596年 - 1615年)に曹洞宗に転宗している。観音堂にある「木造聖観音立像」は国の重要文化財に指定されており、平安時代の作風といわれている[2]

廃寺「明暗寺」

当寺から約1キロメートルには、かつて「明暗寺(みょうあんじ)」と称する普化宗の寺院があった。普化宗は尺八を吹く虚無僧の所属宗派であったが、明治初期に明治政府によって廃宗処分を受けた。これに伴い明暗寺も廃寺となった。廃寺の際に寺宝などが当寺に移管された。本尊だった普化宗宗祖普化の坐像は全国唯一ものである[1][2]

毎年4月29日の「中央市れんげまつり」では、明暗寺にちなんだ虚無僧行列が執り行われている[2]

文化財

  • 木造聖観音立像(重要文化財 明治39年9月6日指定)[3]

前後の札所

甲斐国三十三観音霊場
1 薬王寺 -- 2 永源寺 -- 3 光勝寺
甲斐百八霊場
49 大福寺 -- 50 永源寺 -- 50 歓盛院  -- 51 遠光寺

交通アクセス

脚注

  1. 永源寺 (えいげんじ)やまなし観光推進機構「富士の国やまなし観光ネット」
  2. 山梨県高等学校教育研究会地歴科・公民科部会 編『山梨県の歴史散歩(歴史散歩19)』山川出版社、2007年、157-158p
  3. 木造聖観音立像文化庁

参考文献

  • 山梨県高等学校教育研究会地歴科・公民科部会 編『山梨県の歴史散歩(歴史散歩19)』山川出版社、2007年

関連項目

  • 甲斐百八霊場 - 50番目の寺院は永源寺と歓盛院の2か寺存在する。
  • 歓盛院 - 木造薬師如来坐像(国の重要文化財)がある。
  • 正行寺 - 永源寺の隣に所在する。
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