永田松窓
経歴
福岡藩藩士として筑前国に生まれる[1]。成童(15歳以上の少年)の頃、既に四書五経に通じ、藩校修猷館の教員に補せられ、家塾を伊崎に開く[2]。
嘉永年間(1848年–1855年)、江戸に行き、安積艮斎、林家の門に学ぶ[1]。安政2年(1855年)に帰藩。慶応3年(1867年)特選により京都に赴き、列藩の名士と交流する[2]。
出典
- 『日本人名大辞典』(講談社、2001年)1366頁
- 『福岡県先賢人名辞典』(文照堂書店、1933年)47頁
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