江戸川台
江戸川台(えどがわだい)は、千葉県流山市の地域名。本稿では、流山市の地名である江戸川台西(えどがわだいにし)一丁目から四丁目(郵便番号は270-0115[4])および、江戸川台東(えどがわだいひがし)一丁目から四丁目(郵便番号は270-0111[2])についても述べる。
江戸川台東 | |
|---|---|
![]() 江戸川台駅前商店街(江戸川台東二丁目) | |
![]() 江戸川台東 江戸川台東の位置 | |
| 北緯35度53分52.23秒 東経139度54分38.07秒 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 人口 | |
| • 合計 | 5,265人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
270-0111[2] |
| 市外局番 | 04[3] |
| ナンバープレート | 野田 |
江戸川台西 | |
|---|---|
![]() 江戸川台西四丁目 | |
| 北緯35度53分51.06秒 東経139度54分34.29秒 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 人口 | |
| • 合計 | 3,742人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
270-0115[4] |
地理
流山市の北部に位置する。地域内は1960年代に千葉県住宅協会により開発された戸建住宅街となっており、かつては「狐の野」、「兎の村」、「県北のチベット」とも称された場所であり[5]、現在の江戸川台西一丁目に農家の家が一軒存在しただけの樹林地帯であった[6]。開発地域全体を「江戸川台」と称するが、住所は東武鉄道野田線より西側を「江戸川台西」、東側を「江戸川台東」としており、「江戸川台」という地名は存在しない。
江戸川台東一丁目に東武鉄道野田線江戸川台駅、江戸川台東二丁目に江戸川台駅前商店街、江戸川台東三丁目に市立江戸川台小学校、流山江戸川台郵便局、江戸川台西二丁目に江戸川台西口商店街がある。
東はこうのす台・柏市みどり台、西は美原・中野久木・富士見台、南は東初石・西初石・上新宿・柏市西原、北は東深井と接している。
駅前の扇状の住宅のつくりは、田園調布をモデルに作られているといわれている。
歴史
1950年代に千葉県の計画課によって、日本最初の住宅団地である八千代台団地(千葉県八千代市)と同じ手法で流山市内に住宅団地を建設する計画が浮上し、初めは市東部の向小金新田(現:向小金・松ケ丘)が選ばれた。しかし、先行して民間業者が土地買収を始めた為に断念し、東武鉄道野田線豊四季駅・初石駅間、初石駅・運河駅間が新たな候補地に選ばれ、後者は山林が中心で大地主が多く、用地取得が行いやすかったため、最終的に後者が選ばれた。また、同時期に日本住宅公団(現:都市機構)も現地を取得しようと試みたが、流山町長(当時)が公団賃貸住宅よりも、戸建分譲住宅の方が町に対する協力度合いが高いと判断し、日本住宅公団による開発を断り、千葉県住宅協会による現在の分譲戸建住宅街が建設された。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7][8]。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 江戸川台東一丁目 | 全域 | 流山市立江戸川台小学校 | 流山市立北部中学校 |
| 江戸川台東二丁目 | 全域 | ||
| 江戸川台東三丁目 | 全域 | ||
| 江戸川台東四丁目 | 全域 | ||
| 江戸川台西一丁目 | 全域 | ||
| 江戸川台西二丁目 | 全域 | ||
| 江戸川台西三丁目 | 全域 | ||
| 江戸川台西四丁目 | 全域 |
施設
脚注
- “町丁字別・男女別人口(世帯数含む) 【各月1日】”. 流山市 (2017年11月2日). 2017年11月28日閲覧。
- “郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月28日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年11月28日閲覧。
- “郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月28日閲覧。
- 四十年誌 江戸川台西自治会
- 1968 ながれやま 江戸川台十年のあゆみ
- “流山市立小学校通学区域 地番別”. 流山市 (2017年9月15日). 2017年11月28日閲覧。
- “流山市立中学校通学区域 地番別”. 流山市 (2017年9月15日). 2017年11月28日閲覧。
参考資料
- 千葉県地名遍歴総欄
- 四十年誌 江戸川台西自治会
- 1968 ながれやま 江戸川台十年のあゆみ


