池田せん
概要
法名は安養院(あんよういん)[1]。池田恒興の娘で池田輝政の姉。森長可に嫁ぎ、その後は中村一氏の妻となった。武道の訓練を受け、200人の女性銃士からなる部隊を指揮したとされる[2]が、出典となっている『美濃諸旧記』という史料は『国書総目録』で確認できない(『美濃国諸旧記』であれば存在するが、『美濃国諸旧記』にこのような活躍の記述は無い)。また『当代記』に1万石を領していたとの記載があるが、詳細は不明[3]。
出典
- 池田家履歴略記 上巻
- 荒木祐臣 (1976年). “備前藩宇喜多・小早川・池田史談”. 日本文敎出版. 2022年12月28日閲覧。
- “史籍雑纂. 苐二 - 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2019年5月12日閲覧。
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