沈穆夫
経歴
沈警の子として生まれた。若くして学問を好み、父と同様に『春秋左氏伝』に通じた。王恭の下で前軍主簿をつとめた。穆夫は道教を崇敬して銭唐県の杜子恭に敬事した。杜子恭が死去すると、その門徒の孫泰や孫泰の弟子の孫恩に帰依した。 隆安3年(399年)、孫恩が会稽郡で反乱を起こしたとき、穆夫は会稽におり、孫恩の下で前部参軍・振武将軍・余姚県令となった。12月、孫恩が劉牢之に敗れると、反乱に加担した人々は追及を受け、穆夫は父や弟たちとともに殺害された。
子女
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