沖禎介
経歴
東京専門学校(現在の早稲田大学)中退後、横浜で貿易業に従事。1901年(明治34年)に中国に渡り、北京の東文学社の教師となる。1903年(明治36年)には文明学社を設立した。
1904年(明治37年)、日露戦争開戦に際しては民間人ながら陸軍の特務機関に協力し、ロシア軍の輸送路破壊工作に従事する。横川省三とともにラマ僧に変装して満州に潜伏しているところをロシア兵に捕獲され、ハルピン郊外で処刑される。
処刑に際して当初は絞首刑を予定されていたが、彼らの態度が立派だったため現地の司令官がロシア皇帝ニコライ2世に請願し、銃殺刑に変更されたと言われている。墓所は青山霊園(1イ1-41)。
その他
- 映画『二百三高地』(昭和55年東映製作 舛田利雄監督)は、横川と沖の処刑シーンから始まる。横川を早川純一、沖を村井国夫が演じた。テレビ版にも流用されている(ノンクレジット)。
- 1915年、禎介の父親である沖荘蔵は、早逝した禎介のために沖図書館を建設し沖禎介記念文庫を長崎県平戸市に創設した[3]。1949年に沖記念図書館から当時の平戸町立図書館に14500点余の蔵書が寄贈された。2022年現在、平戸市立平戸図書館には、沖が所有していた図書・資料約8000点が現存し所蔵されている。平戸図書館では一部をデジタル化し、平戸図書館のサイト内「郷土デジタル」で公開している[4][5]。
脚注
- 池野藤兵衛『明治の青春横川省三 日露戦争と志士群像』(牧野出版、1980年)
- 田尻佐 編『贈位諸賢伝 増補版 上』(近藤出版社、1975年)特旨贈位年表 p.53
- “神戸大学 電子図書館システム --一次情報表示--”. www.lib.kobe-u.ac.jp. 2022年7月18日閲覧。
- 藤山三重子『図書館雑誌 Vol.111』日本図書館協会、2017年5月、310-311頁。
- “平戸市図書館ホームページ”. www.hirado-lib.jp. 2022年7月18日閲覧。
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