沙良真熊
概要
宝亀11年(780年)渡来系諸氏族の氏人に対して賜姓が行われた際、一族のもう1名とともに沙良(無姓)から広岡造姓に改姓している[1]。なお、広岡の名称は武蔵国豊島郡広岡郷(現在の東京都板橋・練馬・赤塚近辺)に因むと想定される[3]。
新羅琴に秀で、弘仁年間に興世書主[2]や高枝王[4]に新羅琴を教授した。書主は見事に秘伝を習得した一方、高枝王は技量を十分に会得するに至らなかったという。
脚注
- 『続日本紀』宝亀11年5月11日条
- 『日本文徳実録』嘉祥3年11月6日条
- 太田[1963: 5106]
- 『日本文徳実録』天安2年5月15日条
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