河野喜蔵

河野 喜蔵(こうの きぞう、1880年(明治13年)3月26日[1] - 1942年(昭和17年)4月20日[2])は、日本の衆議院議員(立憲政友会)。弁護士。

河野喜蔵

経歴

岩手県西閉伊郡宮守村(現在の遠野市)出身。第四高等学校を経て[1]、1913年(大正2年)に東京帝国大学法科大学を卒業し[2]、翌年に弁護士試験に合格した[1]。盛岡市に弁護士事務所を開業し、盛岡弁護士会副会長を務めた[1]。1919年(大正8年)からは岩手県会議員に選出され[1]、さらに同参事会員にも選出された[2]。

1922年(大正11年)、衆議院補欠選挙で当選を果たした[3]。

脚注

  1. 『岩手県名士肖像録』p.87
  2. 『議会制度七十年史 衆議院議員名鑑』
  3. 『官報』第3009号、大正11年8月11日。

参考文献

  • 『御大典記念 岩手県名士肖像録』岩手県名士肖像録刊行会、1930年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度七十年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1962年。
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