河野徳良

河野 徳良(こうの とくよし、1964年)は、日本体育大学に所属する大学教員准教授)であり、約30年間にわたり野球日本代表のヘッドトレーナーとして活躍。日本体育大学、日本鍼灸理療専門学校卒業。インディアナ州立大学大学院修了。

河野 徳良
こうの とくよし
人物情報
全名 KONO Tokuyoshi
生誕 1964年
日本の旗 日本兵庫県神戸市
出身校 日本体育大学
インディアナ州立大学大学院アスレティックトレーニング学修士課程修了[1]
学問
研究分野 アスレティックトレーニング
コンディショニング
スポーツ外傷・障害[1]
研究機関 日本体育大学
保健医療学部 整復医療学科 准教授[1]
学会 NATA(全米アスレティックトレーナー)学会,日本体力医学会,日本体育学会,日本アスレティックトレーニング学会[1]
主な受賞歴 2009年4月 ワールドベースボールクラシック日本代表チームの一員として紫綬褒章[1]
オリンピック
男子 野球
アテネオリンピック (2004年)野球

概要

  • 出身地:兵庫県神戸市
  • 経歴:日体大 - 日本鍼灸理療専門学校 - インディアナ州立大学大学院 - 昭和大学医学部整形外科教室研究生
  • 肩書:日本体育大学体育学部体育学科准教授、日本野球協議会オペレーション委員会委員、全日本野球協会選手強化本部医科学部会副部会長、 日本バドミントン協会選手強化本部トレーナー部会部会長 日本バドミントン協会アンチドーピング委員会委員 東京都アスレティックトレーナー連絡協議会副会長 日本アスレティックトレーニング学会代議員、日本カントリー&ラインダンス・スポーツ協会理事
  • 研究室:河野研究室
  • 所属学会:日本体力医学会 日本体育学会 NATA学会 日本アスレティックトレーニング学会
  • 学部:体育学部
  • 学科:体育学科
  • 科目:AT論(基礎Ⅰ)A・B  AT論(基礎Ⅱ)A  AT論(応用Ⅰ)A・B  AT論(応用Ⅱ)A・B  AT論(総合Ⅱ)
  • 顧問:硬式野球部顧問 トレーナー研究会(Athletic Training Circle)顧問
  • 英語表記:KONO
  • 祖先:中世の伊予国河野水軍 居城は湯築城(現在は道後公園湯築城跡:日本100名城のひとつ)

来歴・人物

日本体育大学准教授として大学、大学院にてアスレティックトレーナー養成教育に携わる一方、1988年世界選手権以降、野球日本代表チームのヘッドトレーナーとして30年以上携わり、シドニーオリンピック、釜山アジア大会、アテネオリンピック、北京オリンピック、東京オリンピック、第1回、第2回、第3回、第4回、第5回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)、2015プレミア12,2019プレミア12に帯同した。第1回、第2回、第3回WBC、2019プレミア12、東京オリンピックと野球における主要3大会すべてで世界一となった野球日本代表チームのトレーナーであり、代表トレーナーとしてのスペシャリストである。また、バドミントン協会のトレーナー部会長も兼任し、「コンディショニング」、「スポーツ外傷・障害の予防」などアスレティックトレーナーに関する講演・講義を学会をはじめさまざまなところで行っている。プロ野球選手が学生野球に指導者として復帰する際に受講しなければならない学生野球指導者資格回復講習会において第1回から講師として活動している。2006年、2009年にはWBC野球日本代表チームメンバーとして紫綬褒章をうける。またトレーナーに関する複数の免許・資格を取得している。日本プロ野球トレーナー協会、日本臨床スポーツ医学会、体力医学会、日本アスレティックトレーニング学会など数々の学会、研究会にて発表やシンポジストとなっている。月刊トレーニングジャーナル(2007/01/15発売号)の記事「世界と闘うコーチング」や、臨床スポーツ医学 (2007/6/1発行)「アスレティックトレーナーの立場から」、全国子ども会連合会から出版をしている。

2023年のWBCでも、ヘッドトレーナーとしてチームに帯同しサポートを行った。その後、Number Web記事にて広島カープの栗林選手の離脱原因として施術が原因であるかのように記載されていた。しかし、離脱後、検査にて腰椎椎間板症が認められたため、慢性疾患であると判明した[2]

2022年から、台湾新規参入プロ野球チームのTSG Hawksの球団国際特別顧問となっている。

免許・資格

著書

上肢のスポーツ障害リハビリテーション実践マニュアル 全日本病院出版会 2003年

脚注

出典

  1. 教員情報データベース”. 日本体育大学. 2023年12月26日閲覧。
  2. 栗林「開幕は間に合う」 腰椎椎間板症と診断、回復順調”. 中国新聞 (2023年3月17日). 2023年12月3日閲覧。

外部リンク

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