沼田早苗
人物
- 宝仙学園短期大学中退[1]。
- 在学中に写真家大竹省二のモデルをつとめ、1968年から大竹省二に師事[2]。アシスタント時代には数々のテレビ番組の撮影・レポーターを務め、1975年には「アメリカン・リクレクション」で個展デビュー[3]し、1977年に雑誌JUNONのコーナー「私の男性探訪」にグラビアを掲載した。
- 1978年にフリーとなり[2]、人物写真を中心するだけでなく、数々の審議会の委員を務めている[3]。また、日本カメラ博物館(JCII)では沼田教室の講師を務めている[4]。
- 「私の写交録」は個展シリーズ(1977年、1984年、1986年、1994年)[3]の代表作となった。この他、北海道河東郡鹿追町と東京都台東区の相互文化交流事業の一環として[5]、写真展「浅草ものがたり」が2010年代に開催された[5][6]。
- 2002年にインタビューを受けた沼田は「女性が女性を撮るというのは、(中略)かえって撮りにくかったです」と語っている[7]。
- 岩手県東磐井郡室根村(現:一関市)で2万本のブナを植林する活動の様子を撮影するとき、「海と森は一体だ」という幼少期に経験したことを思い出した[8]。沼田は横浜市で生まれ育ち、幼少期から海や山で遊ぶことが多かったことを2008年に受けたインタビューで明かしている[8]。
その他活動
著書
脚注
- 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.487
- “写真コンテスト”. 全日本福祉写真協会. 2018年8月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月10日閲覧。
- “Pro Photo Gallery "Ambition" - 沼田早苗”. アンビション. 2018年6月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月10日閲覧。
- “日本カメラ博物館 JCII Camera Museum:沼田教室”. 日本カメラ博物館. 2023年11月10日閲覧。
- 「浅草の写真並ぶ 沼田早苗さんの写真展」『十勝毎日新聞電子版』、2016年9月9日。2023年11月10日閲覧。
- “キヤノンギャラリー 沼田 早苗 写真展:浅草ものがたり”. キヤノン(Japan). 2022年5月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月10日閲覧。
- “特集 写真家沼田早苗氏”. カメラ・写真情報:フォトライフ「四季」 Vol.43 '02WINTER. カメラのキタムラ. 2023年11月10日閲覧。
- “みどりのエッセイ Vol.10 沼田早苗(写真家)” (PDF). 林野 2008年3月号. 林野庁 (2008年3月). 2022年3月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月10日閲覧。
- “第4回 放送番組審議会”. BS-TBS (2001年10月). 2022年8月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月10日閲覧。
- “第32回 放送番組審議会”. BS-TBS. 2023年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月10日閲覧。
- “林政審議会”. NDL Digital Collections. 2023年11月10日閲覧。
- “写真展「アンゴラ難民と ザンビアの人々」 開催” (PDF). 難民 2005年第2号. 国連難民高等弁務官事務所. pp. 13-14 (2005年). 2018年7月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月10日閲覧。
- “2011 国際森林年のねらい” (PDF). 林野庁. pp. 19・24 (2011年6月). 2021年11月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月10日閲覧。
外部リンク
- プロフォトギャラリー「アンビション」 沼田早苗 - ウェイバックマシン(2019年2月4日アーカイブ分)
- 富士フイルム Fotonoma Photographer 沼田早苗 - ウェイバックマシン(2019年10月2日アーカイブ分)
- タムロン ワンクリック・コラム「おしゃべりなレンズたち」 沼田早苗 - ウェイバックマシン(2013年6月21日アーカイブ分)
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