泥谷帯刀
経歴
泥谷嘉之吉の長男として[1]、宮崎県児湯郡高鍋町に生まれる[2]。宮崎中学校を卒業後、1907年(明治40年)拓殖大学を卒業[1]。同年渡台し、台湾総督府内務局に奉職する[1]。1914年(大正3年)台南庁属を拝命し、翌年法務課勤務に転じ、1922年(大正11年)台中州竹山郡守に任じた[2]。のち台北州文山郡守に就任した[2]。
脚注
- 台湾新民報社 1937, 323頁.
- 太田 1940, 180頁.
参考文献
- 台湾新民報社 編『台湾人士鑑』呂霊石、1937年。
- 太田肥州 編『新台湾を支配する人物と産業史』台湾評論社、1940年。
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