洪悦郎
人物
文禄の役時に朝鮮半島より日本へと送られた学者・書家の洪浩然を祖とする家系である[1]。東京大学建築学科卒業後、東京大学大学院に進学するものの中退し、同大学の工学部助教授を経て教授となる。その後、1984年に北海道大学工学部教授、1989年に室蘭工業大学工学部教授を歴任し、1994年に退官。日本コンクリート工学協会では会長を務めたほか、日本建築学会でも副会長を務めた。
1986年に北海道新聞文化賞を受賞[2]。1991年には紫綬褒章、1996年には勲二等瑞宝章が授与されている[3]。2009年1月4日、東京都目黒区の病院にて心不全で亡くなった[4]。墓所は多磨霊園。
出典・脚注
- “洪浩然 企画展 3日から名護屋城博物館”. 佐賀新聞. (2008年9月30日) 2009年11月3日閲覧。
- “北海道新聞文化賞”. 北海道新聞社. 2023年12月20日閲覧。
- 「96秋の叙勲受章者 勳一等・勳二等」『読売新聞』1996年11月3日朝刊
- “洪悦郎氏死去 / 北海道大名誉教授”. 高知新聞. (2009年1月7日) 2009年11月3日閲覧。
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