涙の連絡船
「涙の連絡船」(なみだのれんらくせん)は、1965年10月5日に発売された都はるみの11枚目のシングル。
| 「涙の連絡船」 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 都はるみ の シングル | ||||
| B面 | いじわる3番線 | |||
| リリース | ||||
| ジャンル | 演歌 | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | 日本コロムビア | |||
| 作詞・作曲 |
関沢新一(作詞) 市川昭介(作曲) | |||
| 都はるみ シングル 年表 | ||||
| ||||
解説
- 都はるみにとって前年に発売された『アンコ椿は恋の花』以来2作目となるミリオンセラーとなり、都は本楽曲で1965年の「第16回NHK紅白歌合戦」に紅白初出場を果たした。また、紅白では他にも1973年の「第24回NHK紅白歌合戦」と1982年の「第33回NHK紅白歌合戦」でも歌唱されており、合計3回歌唱されている。また、1982年の第33回では都にとって自身2回目となる紅組トリで歌唱された。
- 1990年時点での累計売上は155万枚[1][2]を記録。
- 都はるみがマドンナを演じた1983年公開の『男はつらいよ 旅と女と寅次郎 』ではこの曲がモチーフになっている。
- 森昌子は13歳で出場した『スター誕生!』第1回決戦大会で「涙の連絡船」を歌い、初代グランドチャンピオンに輝いた[3]。
カバー
脚注
- 『AERA』1990年3月27日号。
- 『文藝春秋』1990年4月号、336頁。
- 森昌子、家族に仲間に支えられた47年 心強い味方だった「花の中三トリオ」
- 涙の連絡船(松竹)
関連項目
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.