渡邊すゑ
渡邊 すゑ(わたなべ すゑ、1841年5月27日(天保12年4月7日[1][2]) - 1952年または1953年[注釈 1])は、日本の長寿であった岐阜県の女性。通称は「けい」[2]。岐阜弁を用いる[2]。
来歴
岐阜県(美濃国)生まれ。幼少期に近所には寺子屋がなく、読み書きは「いろはのお手本」を見て覚えた[2]。
羽栗郡福寿村に住んでいたが、20歳の時に善六と結婚するため下中島村へと嫁いだ[1][2]。当時は一町三文〔ママ〕[注釈 2]の畑で働いていた。70代になってもよく働き、名古屋の娘の家まで乳母車に野菜を積んで往復したという[2]。
1950年1月時点で109歳として、アサヒグラフ誌の「全国長寿者トップセブン」記事の筆頭で扱われた[1]。
1951年1月時点で110歳(数え年で111歳)として、婦人倶楽部誌に「長寿日本一」「日本一高齢」と特集された[2]。10人の子のうち8人を亡くし、ひ孫までで80人ほどの子孫がいた。糸くり機を操り、日を過ごしている[2]。
脚注
注釈
出典
- 「全国長寿者トップ・セブン」『アサヒグラフ 昭和25年1月4日号』、朝日新聞社、1950年1月4日。
- 丹莊七郎「百九歳長寿日本一のお婆さん」『婦人倶楽部』第32巻、第1号、講談社、244-247頁、1951年1月。
- 「楽しきかな人生百年 今も酒は一合やれる 思出は 盆、正月の”マゲ髪”」『朝日新聞』、1953年9月10日、岐阜版、8面。
- 「老人に記念品」『読売新聞』、1952年9月16日、中京版、8面。
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