湯の町エレジー
湯の町エレジー(ゆのまちエレジー)は、1948年に古賀政男の作曲、近江俊郎の歌唱により大ヒットした流行歌。ギター伴奏による古賀メロディーの代表的な一曲である。
| 「湯の町エレジー」 | |
|---|---|
| 近江俊郎 の シングル | |
| A面 | 湯の町エレジー(近江俊郎) |
| B面 | 雨の夜汽車(奈良光枝) |
| リリース | |
| 規格 | SP |
| 録音 |
1948年6月16日 |
| ジャンル | 歌謡曲 |
| レーベル | 日本コロムビア |
| 作詞・作曲 |
作詞:野村俊夫 作曲:古賀政男 |
解説
本作の作詞:野村俊夫、作曲:古賀政男。ギター伴奏を行っているのは、作曲した古賀政男自身と弟子の古屋雅章(山本丈晴)である。ギターの音色を特徴とする「古賀メロディー」を代表する曲であり、同時に近江俊郎の代表曲ともなり、彼の人気を不動のものにした。しかし、玉置宏によると、当初は霧島昇が歌うのを想定して作られた曲であるとのこと。
近江俊郎はレコーディングの際、歌い出しの低音がうまく出せず、23回のNGを出したというエピソードがある。用意された原盤が最後の1枚になったところでようやくOKをもらった[1]。発売当時、40万枚(または43万枚[2])という当時としては戦後最高のレコード売上枚数を記録した[3]。
当初、「湯の町ブルース」の曲名で会社から発注されたが、作曲した曲がブルース調にならなかったためタイトルが変更された[1]。
本曲をモチーフとして、1949年5月に東宝が『湯の町悲歌(エレジー)』を近江俊郎の主演で製作・公開した[4]。
本曲に続いて、同じ作詞者・作曲者コンビによるエレジーソング第2弾「シベリヤ・エレジー」が伊藤久男の歌唱でレコーディング・発売された[1]。
また、本曲に続く「湯の町もの」第2弾として同じ作詞者・作曲者・歌手により「湯の町夜曲」が発売され、かなりの売れ行きだった。しかし、それに続いて出された「湯の町物語」はさほどヒットしなかった[5]。
アメリカのヒップホップグループNon Phixionの楽曲「Black Helicopters」は湯の町エレジーをサンプリングした曲である。
脚注
- LPレコード『懐かしのメロデー 日本歌謡史 第12集 昭和23年』(国際情報社)付属ライナーノーツ、19-20頁。(同ページの著者は森一也)
- 『各界成功伝うらおもて』自由国民社、1957年、216頁。NDLJP:2971478/116
- 丘灯至夫『歌暦五十年』全音楽譜出版社、1954年、539頁。NDLJP:1353828/298
- 湯の町悲歌(エレジー) All cinema Database
- 丘灯至夫『歌暦五十年』全音楽譜出版社、1954年、588頁。NDLJP:1353828/323
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.