湯ノ宮の座論梅
概要
湯の宮座論梅は、湯之宮「神武天皇御東征の際この地においてお湯を召されご休憩の後、梅の枝を突き立てたままお発ちになりその後これが芽を吹き元木となり成長して今日に至ったもの」と伝えられている[2][3]。 座論梅という名の起こりは「ザロミ」という梅の種類から名付けられたとも、また、徳川時代に佐土原、高鍋両(明倫堂)の間に梅林の所有争いが起こり、両藩士がこの地で出会い座して論議したので座論梅となったものと伝えられる[3]。
この座論梅は、元は1株であったものが横に伸び地について新しい株となり次々と繁殖して、現在80株になったものである[2][3]。樹齢は600年とも言われている。
湯の宮の座論梅は、宮崎市高岡町の月知梅と並び、宮崎県の梅の名所として古くから知られている。また、鹿児島県の「藤川天神の臥龍梅」を加え、三州三梅の一つと言われる。
座論梅と新富町
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第305飛行隊の梅マーク。(写真は茨城県・百里基地駐屯時代のもの)
ウメを「町の木」としている新富町では、座論梅を町おこしに使っており、開花のシーズンにあわせ「座論梅梅まつり」を行っている。そのほか、近隣施設であるゴルフ場「宮崎座論梅ゴルフクラブ」も「座論梅」をつけて名乗っている。
さらに、同町に所在する航空自衛隊・新田原基地に駐屯する第305飛行隊の部隊マークが「梅」であることから[4]、部隊ワッペンなどに「座論梅」の文字を刺繍している。
脚注
- 国指定文化財等アーカイブ - 文化庁
- 宮崎)国指定天然記念物「座論梅」見ごろ 地をはう幹 - 朝日新聞デジタル(2017年2月11日)
- 「国指定天然記念物 湯の宮座論梅」の看板より(新富町・新富町教育委員会)
- 元々は部隊発祥の地である、茨城県の偕楽園の梅の花をモチーフにしていた。2016年に第305飛行隊が新田原に移駐した際、新富町にも梅の名所である「湯之宮座論梅」があったことから、「座論梅」を用いるようになったという。
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