滝亭鯉丈
経歴・人物
江戸幕府の300石の旗本、池田氏の一家として江戸に生まれる[1]。下谷広徳寺門前稲荷町に住み、1821年(文政4年)頃に浅草伝法院裏門前、1834年(天保5年)頃に浅草諏訪町河岸に転居する[1]。生業は、浅草の東本願寺の乗物師や縫箔職人、象牙職人、櫛屋等の諸説があるが[1]、不明である。落語家の滝亭鯉楽の弟子となり、寄席芸人として活躍、新内節三絃や一中節の名手でもあった[1]。
1817年刊『栗毛後駿足』にはじまり、『花暦八笑人』『滑稽和合人』『浮世床』三編などの文業によって、十返舎一九や式亭三馬と並び、滑稽本の代表的な作者の一人となった[1]。また、同時期に活躍していた為永春水と『明烏後正夢』を刊行し、本作は人情本の嚆矢となった[1]。鯉丈を春水の実兄とする説があったが、現在では婚姻に伴う義兄弟説が濃厚である[1]。
主な作品
代表的な滑稽本
脚注
- 岡本勝, 雲英末雄編『新版近世文学研究事典』おうふう、2006年2月、156頁。
- “詳細情報 : 東京都文化財情報データベース”. bunkazai.metro.tokyo.lg.jp. 2021年5月15日閲覧。
出典
外部リンク
- 滝亭鯉丈墓 - 東京都文化財情報データーベース
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