潘阜
潘阜(はん ふ / パン・ブ(朝鮮語: 반부))は、中国元の文官であり、朝鮮氏族の巨済潘氏の始祖である。
| 潘阜 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 반부 |
| 漢字: | 潘阜 |
中国南宋の理宗時代に文科に首席で及第、翰林学士となり、吏部尚書を務めたが、高麗忠烈王に降嫁された荘穆王后の師父として高麗に入国、政堂文学を歴任した。また、金方慶に従い、元寇にも参戦した。
その後、官職は侍中、岐城府院君にまで達し、65歳になると官職を辞職、巨済に定住し、余生を終えた。
参考文献
- “반씨(潘氏) 본관(本貫) 거제(居第)입니다.”. 한국족보출판사. オリジナルの2022年9月20日時点におけるアーカイブ。
- 金光林 (2014年). “A Comparison of the Korean and Japanese Approaches to Foreign Family Names” (英語) (PDF). Journal of cultural interaction in East Asia (東アジア文化交渉学会): p. 21. オリジナルの2016年3月27日時点におけるアーカイブ。
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