潜塚古墳
潜塚古墳(くぐりづかこふん)は、福岡県大牟田市黄金町にある古墳(円墳)。1977年(昭和52年)2月17日に国の史跡に指定された。
| 潜塚古墳 | |
|---|---|
| 所在地 | 福岡県大牟田市黄金町 |
| 位置 | 北緯33度00分58秒 東経130度27分04秒 |
| 形状 | 円墳(前方後円墳の可能性あり) |
| 規模 | 径30メートル、高さ7メートル |
| 築造時期 | 5世紀中葉 |
| 史跡 | 国指定史跡 |
| 地図 |
![]() 潜塚古墳 |
概要
大牟田市内の独立丘陵上に営まれた古墳で、周囲の農地化により原形を損なっている。径30メートル、高さ7メートルほどの円墳と推定されるが、前方後円墳の可能性もある。副葬品から、築造時期は5世紀中葉とみられる[1]。
本古墳は、その副葬品の内容から、畿内様式の古式古墳の南限とされている[1]。
構造
1959年に内部主体の調査が実施された。内部主体は南北方向を軸に置かれた箱式石棺2基で、東を1号、西を2号とする。遺体の頭部は2体とも北向きであった。1号主体、2号主体ともに石棺は側壁・小口をそれぞれ1枚の切石で造るが、材質は1号が凝灰岩、2号が砂岩である。また2号の石棺のみ、足元側に小さな仕切り(副室)を設ける点も異なっている。石棺の内法大きさは、1号が長さ1.7メートル、幅0.5メートル、2号が長さ1.8メートル、幅0.5メートル、2号の副室が25×35センチである[1][2]。
出土品
副葬品は、1号石棺内から神人龍虎画像鏡1、碧玉管玉2、石棺外から鉄剣1、鉄刀子2、鉄鎌1、鉄鉇(やりがんな)1が出土。2号石棺内から内行花文鏡片、石棺外から銅鏃47、鉄鍬先1、鉄鎌1、鉄斧2、鉄鉇2、土師器壺2が出土している[1]。
脚注
- 飛野 1991, p. 205.
- 大塚・小林・熊野 1989, p. 201.
参考文献
- 文化庁文化相保護部史跡研究会監修『図説日本の史跡3』同朋舎出版、1991年。
- 飛野博文「潜塚古墳」『図説日本の史跡3』1991年、205頁。
- 大塚, 初重、小林, 三郎、熊野, 直也編『日本古墳大辞典』東京堂出版、1989年。
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