澤井修一
来歴・人物
庄内藩で松ヶ岡開墾に従事した藩士の家系である澤井辰三郎の長男として、山形県鶴岡町(現:鶴岡市)に生まれる。
教職に奉職後、実業界入りし松ヶ岡ガラス工業社長等を歴任。1952年、山形相互銀行に入行。翌年、社長に就任する。
トップ在任時においては、1960年の資金量5000億円達成、荘内銀行との協業によるエスワイコンピューターサービス(SYC)の設立、第1次オンラインシステムの実現等、経営の近代化を推進した[2]。また、安岡正篤に傾倒し生涯教育を実践したほか、山形師範の同期であった長谷川信夫[注 1]らと共に[3]、荘内南洲会の設立にも尽力した[4]。また、藍綬褒章を受章したほか、長年の地域経済の振興や教育にも情熱を注いだことから死去後、鶴岡市から市政功労の表彰もされた[5]。
略歴
脚注
出典
- 『現代物故者事典2003~2005』(日外アソシエーツ、2006年)p.282
- 『日本金融通信縮刷版 40版 2003年』日本金融通信社、 2004年。
- 『西郷隆盛伝説』p.43
- “荘内南洲会” 2014年9月15日閲覧。
- “鶴岡市政功労と特別功績賞 5個人・2団体表彰”. 庄内ニュースフラッシュ. 荘内日報. (2004年9月4日) 2013年9月23日閲覧。
参考文献
- 佐高信 『西郷隆盛伝説』 光文社知恵の森文庫、2014年。ISBN 4334786421
関連項目
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