火走神社
火走神社(ひばしりじんじゃ)は、大阪府泉佐野市にある神社。式内社で、旧社格は郷社。日本遺産『旅引付と二枚の絵図が伝えるまち-中世日根荘の風景-』の構成文化財の一つでもある。
| 火走神社 | |
|---|---|
![]() 中門 | |
| 所在地 | 大阪府泉佐野市大木1534 |
| 位置 | 北緯34度21分7秒 東経135度22分10.5秒 |
| 主祭神 | 軻遇突智神 |
| 社格等 | 式内社、旧郷社 |
| 創建 | 不詳 |
| 本殿の様式 | 一間社春日造 |
| 例祭 | 10月10日 |
祭神
- 主祭神 - 軻遇突智神(かぐつちのかみ) - 火の神。
歴史
創建年は不詳であるが、推古天皇2年(594年)2月には祭礼が行われているので、それ以前の創建であろう。
延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では、「日根郡 火走神社」と記載されている。
当社の南東の犬鳴山にある七宝瀧寺とは深い関りがあり、当社の神宮寺である上宝院瀧本坊瀧音寺はその影響下にあった。当社の社名である「火走」とは、江戸時代の『和泉名所図会』にあるようにかつて男巫が火渡り神事として火の上を走ったことが由来であるとされているが、火渡り神事は修験道でも行われているので七宝瀧寺との深い関係を想起させる。また、社伝では後村上天皇により「火走」の社号が与えられたとされているが、それ以前からこの社名であった。瀧宮、瀧大明神とも呼ばれていた。
天正13年(1585年)に行われた羽柴秀吉による紀州征伐の兵火に掛かって焼失するが、元和8年(1622年)8月16日に本殿が再建されている。
享保11年(1726年)8月5日、正一位の神階に叙せられている。
明治時代になると廃仏毀釈により神宮寺である上宝院瀧本坊瀧音寺は廃寺とされ、仏像や仏具は七宝瀧寺に移された。
1872年(明治5年)に村社に列し、1907年(明治40年)1月には饌幣帛料供進社に指定されている。1912年(大正元年)12月6日、郷社に昇格した。
境内は「日根荘遺跡」の一つとして国の史跡となっている。また、2013年(平成25年)10月17日に大阪府で唯一の重要文化的景観として選定された「日根荘大木の農村景観」にも当社は含まれている。
境内
祭事
- 秋季例祭 10月10日
参考文献
- 火走神社由緒
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