片岡直公
経歴
大学卒業後に父親が経営する、白黒ニュースフイルムを再生する会社に入社し、専務取締役に就任[1]。
映画産業の衰退から転職を考えていた際に1964年開催の東京オリンピックでの開会式見学後に立ち寄った選手村でのきびきび動く警備員の姿を見て、感銘を受けた[1]。1966年に友人5人と全日警を設立[1]。当時は警備業の認知度も低かったため、片岡ら幹部自らが実演を交えた営業を行うこともあった[1]。その後の三億円事件等の凶悪犯罪やテレビドラマ「東京警備指令 ザ・ガードマン」の大ヒット等により、世間での警備に対しての意識の高まりなどもあり、業界の認知度も上がり急成長。
全日警では、JR東海や羽田空港、中部国際空港などの主要インフラや公共施設、大型店の警備を請け負い、業界5位の大手企業に成長を遂げている。
また、片岡は出身地の市川市での活動も精力的に行っており、市川市商工会議所会頭、市川市観光協会会長を務めている[1]。市川市八幡市民会館のネーミングライツも取得し、「全日警ホール」の名で知られている。
人物
脚注
- “リーダーの横顔 まぶしかった 東京五輪の警備員 片岡 直公”. 日商アシストビズ. (2018年10月1日) 2022年6月7日閲覧。
- “市川商議所会頭片岡氏受章祝う 警備業界発展に寄与”. 千葉日報. (2012年4月14日) 2022年6月7日閲覧。
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