片桐貞晴
生涯
二男であったが母が正妻のため、父の死後の寛永4年(1627年)、遺領のうち3000石余(3002、3200の資料あり)を分知され、寄合となる。慶安3年(1650年)10月4日死す。法名は宗眞。
後嗣に恵まれず、一色右馬助範親の二男を養子に迎える。この養子が成人後、片桐之晴と名乗る。之晴の母は貞隆の娘であり、之晴は貞晴にとって甥である。この家系は幕末で絶えることなく続く。
貞晴の後、5代片桐友從(ともゆき)が茶人・宗幽として有名である。
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