牟義都国造
概要
本拠
国造の本拠は不明であるが、牟義都国造伊自牟良君とあることから美濃国伊自良(現山県市旧伊自良村)を本拠とする説がある。
発掘調査により、7世紀後半の弥勒寺造営に先行する豪族居館と、奈良時代の郡衙に伴う正倉が設置されていたことが明らかになった。また前記『上宮記』(逸文)の伊自牟良を『和名抄』の山県郡出石郷に比定し、伊自良村(現山県市)に当てる説がある。『和名抄』の武芸郡有知郷ともされ、下有知の広域な条里制跡や重竹遺跡の大規模な古代集落跡が見られ、本拠として有力な候補地と見られるが、長良川右岸にある弥勒寺跡からは対岸にあたり、根拠は弱いと見る説もある[2]。
氏神
不明。
氏寺
弥勒寺。
関連項目
脚注
参考文献
- 『國史大辭典』(吉川弘文館)
- 坂本太郎・平野邦雄『日本古代氏族人名辞典』(吉川弘文館)
- 『日本史広辞典』(山川出版社)
- 『神道大辞典』(臨川書店)
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