牧分徳右衛門
経歴・人物
享保11年(1726年)美作国津山藩領で起こった山中一揆の指導者のひとり[1]。山中一揆は享保の改革に抵抗した一揆のひとつで、約4000人の農民が蜂起し、年貢増徴策の強行への反対と村役人の不正の糾弾を訴え、村役人の宅を打ちこわし、藩に要求書を提出した[3]。藩は一部要求を一旦飲んだが、徳右衛門を初めとした多数の農民が捕らえられ、処刑された[1]。
のち義民として祭られ、湯原町に供養碑が建てられた[1]。
脚注
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