玉城織衛
経歴
剣術修行のため江戸に出て、直心影流の男谷信友の道場に入門して修行した。
文久3年(1863年)の浪士組結成の際、これに加わり、浪士組五番隊に属して上洛したが、上洛後の浪士組分裂により清河八郎らとともに江戸に戻った。
同年、江戸に戻った浪士組が新徴組に改組され、玉城は剣術教授方の一人に選ばれた。
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