王源 (清)
生涯
若くして任侠を重視し兵学を好んだ。三藩の乱が平定された後に北京で設けられた講会(学会)の領袖の一人となる。万斯同・胡渭・閻若璩などに伍して才気縦横の論客として知られるが、劉献廷・李塨にのみ傾倒し、56歳の名士でありながら李塨の紹介で顔元に門下の礼をとる。晩年には妻子を棄て、各地の山川をめぐり淮上で死去した。
参考文献
脚注
- 梁啓超『清代学術概論』平凡社(東洋文庫225)、1974年、61頁。
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