琴儀
人物
1184年に科挙に首席で及第し、明宗の内侍となった。武臣政権の崔忠献によって1211年に簽書枢密院事に抜擢され、その後は門下侍郎、同中書門下平章事、判吏部事などを歴任した。しばしば科挙を主宰して多くの人材を登用し、「琴学士玉筍門生」と呼ばれ、『翰林別曲』に琴学士(学士は科挙の主宰者である「知貢挙」の別名)と記録されている。
参考文献
- 「アジア人物史 4」 集英社 2023年
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