甘糟章
来歴・人物
神奈川県横浜市中区伊勢佐木町出身[1][2]。実家は米屋を営んでいた。府立高等学校(東京都立大学の前身)を経て、1955年[3]に東京大学文学部仏文科[1]を卒業[3]。
学習研究社を経て、1959年に平凡出版へ入社。『平凡パンチ』『週刊平凡』『an・an』の編集長として、1960年代から1970年代の流行の先駆者として活躍。その後、『クロワッサン』『ダカーポ』などを創刊し、大人になった『an・an』世代へのライフスタイルの提言を行う。1980年代に至るまで、出版文化の中での影響力は大きなものがあった。「ハマトラ」(横浜・元町生まれのファッションスタイル)[3][4]や「リセルック」[3]の名付け親とも伝えられる。
1984年にマガジンハウス(1983年に平凡出版から社名変更)副社長に就任。1996年代表取締役相談役、1998年顧問に退く。
脚注
- 読売新聞、2014年2月8日、夕刊11面 追悼抄
- 鎌倉で四季を感じ 家とともに人生重ねる カナロコ、神奈川新聞社
- 湘南よみうり322号 湘南よみうり新聞社
- 「ハマトラ」名付け親、甘糟章さん死去 ヨミドクター(読売新聞) 2013年11月26日
- 「アンアン」など元編集長 甘糟章さん死去 朝日新聞、2013年11月25日
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