田中千代美
田中 千代美(たなか ちよみ、1961年5月7日 - )は、日本のバレーボール指導者、元選手。
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| 基本情報 | ||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1961年5月7日(62歳) | |||
| 出身地 | 新潟県岩船郡神林村(現:村上市) | |||
| ラテン文字 | Chiyomi Tanaka | |||
| 身長 | 172cm | |||
| 体重 | 58kg | |||
| 血液型 | O型 | |||
| 選手情報 | ||||
| 愛称 | チヨ | |||
| ポジション | MB | |||
| 指高 | 223cm | |||
| 利き手 | 右 | |||
| スパイク | 285cm | |||
| ブロック | 283cm | |||
来歴
新潟県岩船郡神林村(現:村上市)出身。村上女子高校卒業後、1980年日本電気バレーボール部に入部。1984年から1986年までチーム主将を務めた。
センタープレーヤーとしては低身長だがブロックを得意とし、在籍10シーズンで日本リーグ歴代3位の通算ブロック決定本数をマークした[1]。
1990年に現役引退。1992年、実業団の北越銀行(本店:長岡市)バレーボール部創部と同時に監督に就任し、1998年チームをV1リーグ(現:チャレンジリーグ)昇格に導いた[2]。
1999年に北越銀行バレーボール部が休部(廃部)になったことに伴い、選手の新たな受け皿として地域バレーボールクラブのベスビアス長岡(現:ベスビアス新潟)を結成した。長岡市バレーボール協会に所属し、同チームの監督を務めていた[3][4]。
2024年にベスビアス新潟の監督を退任している[5]。
脚注
- 月刊バレーボール 1996年1月号臨時増刊 「第2回Vリーグ観戦徹底ガイドブック」(日本文化出版社刊)
- 長岡市立西中学校「学校だより」 (PDF)
- スポーツダイジェスト長岡 (PDF)
- 第1回全国6人制バレーボールリーグ総合優勝大会・試合結果 (PDF)
- “新年度チーム編成について - ベスビアス新潟”. vesuvius-niigata.info (2024年4月5日). 2024年4月13日閲覧。
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