田中宏幸 (吉本興業)
来歴
1978年に京都大学文学部を卒業し、同年吉本興業株式会社に入社[1][3]。桂三枝(現:六代 桂文枝)、明石家さんまのマネージャーを経て、1982年からテレビ番組やイベントのプロデューサーを担当する[4]。
1990年の国際花と緑の博覧会(花の万博)でのメインステージのイリュージョンショー「FERCOS」の制作や、難波再開発に向けた1998年の演劇集団「Piper」のプロデュース[5]となんばクリエイターファクトリーの提案(2000年に開講)[4][6]、2009年のよしもとプリンスシアター立ち上げの総指揮[7]などに携わった。また、1997年から聴覚障害者にも対応した字幕ビデオや字幕付寄席(爆笑!吉本字幕寄席[4][8])を企画制作し[9]、CS障害者放送統一機構で理事も務めた[10]。
1984年になんば花月支配人に就任[4][11]、1993年1月からは吉本興業の東京支社長を務めた[1]。その後、総務部長[6]、ワイズビジョン専務[12][13]、吉本お笑い総合研究所所長[5]、吉本創業百周年実行委員会副実行委員長[5]、よしもとアドミニストレーション本部長[5]、株式会社よしもとデベロップメンツ、株式会社よしもと倶楽部の社長などを歴任。
出演
脚注
- DATUMS 1993.08 東西レジャー消費考「お笑い東西比較」
- 役員 - 吉本興業株式会社
- 大﨑洋(2009年から吉本興業社長)は同期入社。
- プロデューサー 田中宏幸さん - K's club、2007年10月3日
- 肌感 hadakan 吉本・笑いの王国とその魅力を見続けて 〜笑いの殿堂となんばをぶらっといこか~(2013年2月23日) - 大阪府立 江之子島文化芸術創造センター/enoco
- 大阪の芸能とアジア文化と町づくり・・・田中 宏幸 - 日本財団図書館 自然と文化 第69号 (特集1.アジア都市文化学の試み 2.大阪からのまなざし)
- 舞台は品川 可能性秘めた8館目劇場「花月」 - スポニチ、2009年4月12日
- これまでの講演会(第27期~第34期) 『お笑いビジネス』から皆さんが喜んでくれるすべての仕事」 講師:田中宏幸 - 名古屋市民大学講座
- 聴能情報誌「みみだより」第3巻 第365号 通巻450号(1999年4月12日発行)
- 役員名簿 - CS障害者放送統一機構
- テーマ 「今、吉本が考えていること」 - NPO法人関西演芸推進協議会、2010年12月
- 会社概要 - 株式会社ワイズビジョン
- 平成19年3月期 決算短信
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