益田池
規模
現在の橿原市久米町から白橿町にかけて存在し、面積は40ヘクタール(0.4平方キロメートル)であったとされる[1]。堤防は現在の鳥屋橋北から鳥坂神社まで長さ約200メートル、幅約30メートル[5](基底部幅約28m[1])、高さ約8メートル(約9.1m[1])であり、満水時の貯水量は140万トンから180万トンと推測されている。
益田池の堤
現在でも堤防の一部が益田池児童公園内に残っている[5]。橿原考古学研究所附属博物館には、1961年(昭和36年)の川底改修の際に2か所で出土した木製の樋が保存展示されており[5]、「益田池の堤 附樋管」として、1980年(昭和55年)3月28日、奈良県の指定文化財の史跡に指定されている。
脚注
出典
外部リンク
- “潅漑用水池堰堤に残る雑体書法”, エンサイクロメディア空海 (密教21フォーラム)
- “益田池碑銘帖(明36.8)”, 国立国会図書館デジタルコレクション (国立国会図書館)
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