短弓
概要
性能
短弓は、速射性に優れ、「1分間に換算すると30本の矢を射ることが可能」であり、古代イギリスのロングボウ(歩射)の2倍以上の速射性がありながら腕力を必要とせず[2]、また馬上で扱いやすいことも利点といえる[2]。欠点としては長弓に比べ射程および貫通力が劣ることである。このため馬の機動力を削ぐ環境や歩射では不利となる[2]。
短弓の威力を補う方法も考案されていた。古代ペルシア軍は歩兵重視のスパルタ軍に対し、短弓を使う騎馬弓兵を主としていたが、「2秒に1本の割合で速射し」、射程の短さに関しては40km/hで走る馬の機動力で補った[2]。
モンゴル軍の短弓についても貫通力が低いという欠点を補うため、毒矢を用いた[3]。ただし元寇の際は、弓の構造上から威力は高く、日本の鎧では十分に防げなかったとする見解もある[4]。アイヌが使う毒矢はコシャマインの戦いなどで和人を悩ませており、当たった場合には威力を発揮している。
上記のように射程は機動力、威力は毒で補うことが出来るため、騎射による機動戦において真価を発揮する弓といえる。
備考
- 『唐六典』武庫令には、歩兵が用いる長弓の素材は植物だが、騎兵が用いる短弓は「角弓」が用いられたと記述されており、『続日本紀』天平宝字5年(761年)10月10日条にも、遣唐使が帰国の際、中国皇帝から、安禄山の乱で兵器を多く失ったため、弓の材料として方々から牛角を求めており、日本は牛角が沢山あると聞いたため、送るよう命じ、日本側も諸道に命じ、牛角7800隻を貢上させ、備蓄がなされたと記されている。
- 『吾妻鏡』貞応3年(1224年)2月29日条に、高麗船が難破した記述があり、荷を調査した際、高麗式の弓についても記録されており、「(本朝の弓と比べて)短く、夷弓(蝦夷の弓)に似ていて、皮製の弦である」と記していて、「異民族の弓は短い」という認識が見られる。
- アイヌも短い丸木弓や削り弓と毒矢を使用していた。アイヌは歩射だったが、見通しの悪い山林での狩猟においては射程はさほど問題にならず、クマなどの大型獣を仕留めるのは長弓でも困難であることから、狭い場所で使いやすい短弓と威力を補う毒矢が選ばれたと考えられている。
脚注
- 『土佐物語』巻第十七に朝鮮の兵が半弓を用いた記述があり、『広辞苑 第六版』岩波書店においても表記の記載がみられる。
- ヒストリーチャンネル『世界の最強武術を体得せよ!』#5の番組内解説。
- 参考・『詳説 日本史図録』 山川出版社 第五版2011年 p.100
- 筧雅博 『日本の歴史10 蒙古襲来と徳政令』 講談社 2001年 ISBN 4-06-268910-3 p.101
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