石川弟人
経歴
淳仁朝初頭の天平宝字2年(758年)頃玄蕃助を務めた。天平宝字5年(761年)正月に従五位下に叙爵し、同年10月に壬生宇太麻呂の後任として玄蕃頭に昇格している。天平宝字7年(763年)越後守として地方官に転じた。
天平宝字8年(764年)に発生した藤原仲麻呂の乱では難を逃れたらしく、称徳朝の神護景雲2年(768年)主計頭に任じられている。
官歴
注記のないものは続日本紀』による。
脚注
- 『大日本古文書』14巻197頁
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