石渡達夫
経歴
神奈川県三浦郡浦賀町大津(現横須賀市大津)に生まれる[1][3]。台北第一中学校、水戸高等学校文科甲類を経て[3]、1931年(昭和6年)3月、東京帝国大学法学部英法科を卒業し、同年10月、高等試験行政科に合格した[1]。1932年(昭和7年)7月、警務局警務課に奉職し、府巡査懲戒予備委員に任じ、1936年(昭和11年)9月、府地方警視として基隆水上署長となり、3か月後に新竹警察署長に転じた[1]。ついで1938年(昭和13年)1月、台中州豊原郡守となり、1939年(昭和14年)4月、花蓮港庁勧業課長に転じた[3]。その後、台北州教育課長、台中州地方課長兼総務課長、1942年(昭和17年)11月、殖産局鉱務課長に就任した[2]。
脚注
- 台湾新民報社 1937, 16頁.
- 興南新聞社 1943, 28頁.
- 太田 1940, 611頁.
- 建設物価調査会 1977, 39頁.
参考文献
- 台湾新民報社 編『台湾人士鑑』呂霊石、1937年。
- 太田肥州 編『新台湾を支配する人物と産業史』台湾評論社、1940年。
- 興南新聞社 編『台湾人士鑑』呂霊石、1943年。
- 『会計検査資料 : 公会計のための受検情報誌』 13巻、建設物価調査会〈136〉、1977年。
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.