石谷清憐
凡例 石谷清憐 | |
|---|---|
| 時代 | 江戸時代 |
| 生誕 | 延享3年(1746年) |
| 死没 | 寛政8年9月4日(1796年10月4日) |
| 別名 | 大助 |
| 戒名 | 松道 |
| 幕府 | 江戸幕府 |
| 氏族 | 石谷氏 |
| 父母 |
父:石谷清夤、 養父:石谷清馨 |
| 兄弟 | 石谷清盈、銕次郎、女子、石谷清馨、兵三郎、石谷清茂、石谷清憐 |
| 妻 | 土岐大隅守頼常の娘 |
| 子 |
女子(石谷清英、石谷清暠の妻)、女子、女子、 養子:石谷清英、石谷清暠 |
生涯
石谷清夤の6男に生まれる。兄の石谷清馨の病気が重くなったため兄の養子となり、明和7年(1770年)6月5日、その遺跡を継ぐ。安永4年(1775年)4月14日、御書院番となる。安永5年(1776年)4月、徳川家治の日光社参の時、これに従ったという。
子女
- 石谷清英(いしがや きよふさ)
- 別称:重固(しげかた)、英次郎。永井直期の4男である牧野成融の子として生まれる。石谷清憐の養子となりその娘を妻としたが、石谷清憐に先立って死ぬ。
- 石谷清暠
- 神田敷馬正之の4男。石谷清憐の娘を妻としてその跡を継ぐ。
- 女子
- 石谷清憐の養子である石谷清英に嫁ぐ。石谷清英が死んだため、石谷清憐の養子の石谷清暠と再婚した。
- 女子
- 不明
- 女子
- 不明
参考文献
- 『新訂寛政重修諸家譜14』
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