石黒磐
経歴
尾張国中島郡長岡村(現在の愛知県稲沢市)出身。漢学・英学・法学を学ぶ。東京市で家塾を開き、英学・漢学を講義するかたわら、翻訳業に従事した。のち愛岐日報、愛知新聞の記者となった。愛知県会議員、同副議長、名古屋市会議員、同参事会員に選ばれた。
1912年(明治45年)、第11回衆議院議員総選挙に出馬し、当選を果たした。
著書
- 『通語難語解』(1884年)
- 『市町村制実解』(1889年)
脚注
- 『第拾壱回改選 代議士銘鑑』国華新聞社、1912年、p.18。
- 衆議院・参議院編『議会制度七十年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1962年。
参考文献
- 『衆議院要覧 大正元年十二月』衆議院事務局、1912年。
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