神社女王
略歴
天平6年(734年)正月、無位から従四位下に昇叙されたことから、親王の娘であることが分かる[1]。その後、記録が永らく途絶えるが、天平宝字8年(764年)10月、藤原仲麻呂の乱の直後の論功で広瀬女王・円方女王とともに正四位上から従三位に昇叙している。その後、後宮を退いたらしく、天平神護2年(765年)に散事・従三位で薨去。
脚注
- 『養老令』「選叙令」35条「蔭皇親条」
参考文献
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