鶴ヶ城 (美濃国)
鶴ヶ城(つるがじょう)は、岐阜県瑞浪市土岐町鶴城にあった日本の城。別名神篦城、土岐城、国府城、高野城、神野城、一日市場館。岐阜県指定史跡[1]。
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|---|---|
| 別名 | 神篦城、土岐城、国府城、高野城、神野城、一日市場館 |
| 城郭構造 | 山城 |
| 天守構造 | なし |
| 築城主 | 土岐光衡 |
| 築城年 | 不明 |
| 主な城主 | 土岐氏、神野遠山氏、延友遠山氏 |
| 廃城年 | 1600年(慶長5年) |
| 遺構 | 曲輪、土塁、堀切 |
| 指定文化財 | 岐阜県指定史跡[1] |
| 位置 | 北緯35度23分24.2秒 東経137度16分03.2秒 |
| 地図 |
![]() 鶴ヶ城 |
概要
鎌倉時代
鎌倉時代初期に、源頼朝に仕えて功を挙げた土岐光衡によって築城されたと伝わる。光衡は、麓の一日市場館(瑞浪市土岐町)を本拠として「土岐」を号したとされ[2]、土岐氏発祥の地と云われている。
承久3年(1221年)の「承久の乱」では、光衡の子・土岐光行(土岐左衛門尉)は幕府方、土岐光時(土岐判官代)は上皇方についたと考えられる[3]。光行の孫・土岐頼貞の代でも一日市場館を本拠としており、元亨4年9月(1324年)の「正中の変」の直前には、日野資朝が土岐館(一日市場館)に訪れた[4]。
歴代城主
土岐氏とその一族
- 土岐光衡:土岐氏の祖。源頼朝に仕えた。
- 土岐光行:光衡の子。
- 土岐光定:光行の子。得宗家から妻を迎えた。
- 土岐頼貞:光定の子。後醍醐天皇の詔を受け、討幕軍に加わった。
- 土岐頼兼:頼貞の子。正中の変に加わり、自刃した。
遠山氏とその一族
- 遠山神野小太郎:長享元年(1487年)と延徳3年(1491年)に長享・延徳の乱が勃発した際に将軍足利義尚方として土岐政房と共に二番衆として参戦した。
- 土岐房忠(三兵衛信友):天文21年(1552年)~弘治3年(1558年)
- 延友信光:永禄元年(1558年)~永禄10年(1567年)織田家に属し岩村城の秋山信友と対峙した。
織田氏家臣
森氏家臣
参考文献
関連項目
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