神谷不二
人物
当初は岡義武の下で近代イギリス外交史を研究したが、後に関心を現代国際政治へと移し、現代アジアの国際政治、日米関係などを研究対象とする。朝鮮戦争研究の草分け[2]で、1966年に発表した著書『朝鮮戦争』で、戦争の発端は北朝鮮による侵略であったと論じ、従来米韓の「北侵」によるとされてきた戦争起源論に反論した。1993年から2002年まで、防衛学会(後に国際安全保障学会)の会長を務めた。
日本政府の外交政策ブレーンを様々な形で務め、沖縄返還時にも学者グループとして政府への提言を行った。日米欧委員会委員を長く務めたことでも知られる。現実主義・親米保守・右派の論客として『中央公論』『文藝春秋』『諸君!』『産経新聞』などへの寄稿で論壇でも活動した。
ニュースキャスターの宮崎緑は慶應義塾大学での教え子。
2009年2月20日、急性心不全にて死去。82歳没。
家族・親族
妻の神谷笑子(えみこ)は法学者で元東京工科大学教授。長男の神谷万丈は国際政治学者で防衛大学校教授。同妻の神谷明美は東京工科大学教授。長女の神谷百子はマリンバ奏者。姉の神谷美子は宇宙物理学者で元名古屋大学教授。
略歴
著作
単著
共著
編著
共編著
訳書
- (神川信彦共訳)A.シュトゥルムタール『ヨーロッパ労働運動の悲劇 1918-1939年』(全2巻, 岩波書店, 1958-1964年)
- (監訳)ハンス・モーゲンソウ『人間にとって科学とは何か』(講談社現代新書, 1975年)
脚注
- “慶應義塾創立150年Webサイト│イベント│イベント報告 2007年|復活!慶應義塾の名講義 vol.18 神谷不二 名誉教授”. keio150.jp. 2018年11月6日閲覧。
- 『神谷不二』 - コトバンク
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