神長氏
佐竹家臣 神長氏
『藤原氏神長系図伝書』によれば神長氏の本姓は藤原氏であるといい、常陸国の佐竹氏に仕えたとされる[1]。家紋は丸に下がり藤[2]。 永禄5年(1562年)8月15日、松岡領坂ノ上孫沢原にて行われた相馬氏との合戦では佐竹軍二番組衆に神長佐多衛門が名を連ねている[3]。また、佐竹家臣団の記録では、岩城衆・菊田郡衆に神長将監の名がある[4]。
神永氏
同じく藤原氏族である。家紋は丸に五三の桐、丸に抱き茗荷、右三つ巴[2]。
脚注
- 秋田県公文書館編『系図目録Ⅰ』(秋田県、2001年)71頁及び秋田県立公文書館所蔵、神長久右衛門光近所有『藤原氏神長系図家伝書』参照。
- 日本家紋研究会編『家紋でわかるあなたの祖先 茨城県北部地方』(日本家紋研究会、2001年)15頁参照。
- 大内政之介著『山入一揆と佐竹氏』(筑波書林、1991年)104頁参照。
- 大内政之介前掲『山入一揆と佐竹氏』(筑波書林、1991年)107頁参照。
- 常陸太田市史編さん委員会編『佐竹家臣系譜』(常陸太田市、1982年)176頁参照。秋田県公文書館前掲書(秋田県、2001年)71頁参照。なお、同氏については平氏の落人としての伝承もある。平家の落人の項参照のこと。
- 大内政之介著『新編金砂戦国史』(筑波書林、1993年)43頁参照。
- 明田鉄男編『幕末維新全殉難者名鑑1』(新人物往来社、1986年)233頁参照。
- 明田鉄男前掲書(新人物往来社、1986年)426頁参照。
参考文献
書籍
- 明田鉄男編『幕末維新全殉難者名鑑1』(新人物往来社、1986年)ISBN 4404013353
- 大内政之介著『新編金砂戦国史』(筑波書林、1993年)
- 大内政之介著『山入一揆と佐竹氏』(筑波書林、1991年)
- 日本家紋研究会編『家紋でわかるあなたの祖先 茨城県北部地方』(日本家紋研究会、2001年)
- 常陸太田市史編さん委員会編『佐竹家臣系譜』(常陸太田市、1982年)
史料
- 秋田県立公文書館所蔵、神長久右衛門光近所有『藤原氏神長系図家伝書』
外部リンク
- 秋田県立公文書館ウェブサイト 系図目録Ⅰ(PDF) (PDF)
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.