福島克彦
略歴
1965年、兵庫県生まれ[3]。1988年、立命館大学文学部史学科西洋史学専攻卒業[4]。1988年から1992年まで、愛知県立知多高等学校教諭[4]。その後、大山崎町歴史資料館学芸員[4]、同館館長[5]。
京都府綴喜郡田辺町(現在の京田辺市)で過ごした中学生時代、福島は戦国史に興味を抱く[6]。城跡を回っていたところ、ある教師から城について「所詮は権力者の歴史だろう?」と問いかけられた[6]。当時は歴史教育高揚期で、南山城地域の中学・高校の教師らは山城国一揆などの地域史の教材化を進めていた頃だったが、これ以来福島は彼らに対し反発と敬意を抱き続けたという[6]。
著書
単著
脚注
- 『平成27年度講座「丹波学」講義録』(公財)兵庫丹波の森協会 丹波の森公苑 文化振興部、2016年、71頁。
- “「光秀は信長のわがままに対応できる優れた老人」 福島克彦さんが解説”. 両丹日日新聞. (2019年12月18日) 2022年2月15日閲覧。
- 福島 2009, 奥付; 福島 2020, 奥付.
- 福島 2009, 奥付.
- 福島 2020, 奥付.
- 福島 2009, pp. 301–302.
参考文献
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