福田五郎
経歴
佐賀市出身。兄は佐賀商業会議所会頭となった福田慶太郎[4]。1905年(明治38年)、京都帝国大学法科大学卒業[1]。司法官試補から福岡地方裁判所判事、小倉区裁判所判事、熊本区裁判所検事、熊本地方裁判所検事、福岡地方裁判所検事、仙台区裁判所検事、神戸区裁判所検事兼神戸地方裁判所検事を歴任した。1919年(大正8年)、官を辞し、海運業を営んだ[4]。
1924年(大正13年)、第15回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。以後、3回の当選を重ねた。その間、濱口内閣で逓信参与官を務めた。
脚注
- 『帝国法曹大観』p.651
- 『衆議院要覧』では9月生まれ。
- 『官報』第1347号、昭和6年6月27日
- 『代議士詳覧』p.545
参考文献
- 『衆議院要覧(乙)昭和五年四月』衆議院事務局、1930年。
- 広幡明男『大正十三年五月当選 代議士詳覧』泰山堂、1924年。
- 『帝国法曹大観』帝国法曹大観編纂会、1915年。
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