秋本敏男
来歴
1891年、秋本喜七の息子として生まれる。武蔵野村会議員に当選し、町会議員を経て議長ともなる[1]。
1928年の町制施行に際し、議員団を率いて長野県駒ヶ根市の市役所[2]を視察、その庁舎をモデルに武蔵野町役場が建設された[1]。
1939年に義理の叔父である秋本録之助が町長を辞任し、後任として町長に就任した[1]。1941年6月26日に退任[1]。
政界外では、都心にあった日本獣医学校を自身の私有地を提供して招聘し、1938年に日本高等獣医学校(現・日本獣医生命科学大学)を設立、10年にわたり理事長の任を務める[1]。また、太平洋信用金庫の理事長・会長も務めた[1]。
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