稲岡 奴之助(いなおか やっこのすけ、1873年‐没年不詳)とは明治時代から大正時代にかけての小説家。
京都の生まれ。本名は正文。別号に蓼花、桜庵。村上浪六の門下となって当時流行となっていた撥鬢小説を執筆した他、いろいろな新聞社に勤務した。また、講談物の作家としても知られた。