稲田植樹
生涯
宝暦2年(1752年)、蜂須賀家家老稲田植久の子として生まれる。安永2年(1773年)、兄植晟の死去により養嗣子として家督相続し、知行1万4300石を相続。淡路国の最高行政職である洲本仕置となる。藩主蜂須賀治昭に仕えた。安永6年(1777年)5月12日死去。享年26。家督は嫡男の敏植が相続した。
参考文献
- 藤井喬『阿波人物誌』
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