稲葉牧場
歴史
1963年から創業者の稲葉不奈男が水田を牧草地に転作し、競走馬の生産を手がけるようになった。
1974年に生産したダイタクチカラが東海地方の地方競馬で優秀な競走成績を挙げる[2]。1970年代後半から1990年代半ばにかけて繁殖牝馬ホワイトナルビーがオグリキャップ・オグリローマンの兄妹をはじめ多数の活躍馬を輩出。以降はホワイトナルビーの血を引く繁殖牝馬を中心に繋養している[3][1]。
脚注
- “名馬を訪ねて「オグリローマンを訪ねて〜稲葉牧場」”. 競走馬のふるさと案内所. 日本軽種馬協会 (2011年8月16日). 2012年3月11日閲覧。
- 「日本の種牡馬血統表 ダイタクチカラ」『優駿』、日本中央競馬会、1988年1月、160頁。
- 中野雷太 (2003年12月2日). “中野アナの北海道牧場取材レポート(Part1)〜皆様の思い出の馬を訪ねて〜”. ラジオNIKKEI. 2012年3月11日閲覧。 “現在の繁殖牝馬6頭は全てその系統。”
参考文献
- 渡瀬夏彦『銀の夢 オグリキャップに賭けた人々』講談社、1992年。ISBN 4062052822。
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